実は先日、とても嬉しいメールをいただきました。
それは、僕の作詞講座を読んで、初めて作った詞を好きな女の子にプレゼント、
見事、その彼女ハートを掴んだという山田さんという方からのメール。
いやー、凄いですし、羨ましい。
僕は、ラブソング苦手なんで、女性に詞を贈ったことなんて無いですから(笑)
ただ、考えてみればバレンタインデーも近づいていますね。
女性の方はチョコレートと共に、本命の人に詞をプレゼント、
なんていうのもいいですね。
また、男性の方はホワイトデーにお返しのプレゼントに自作の詞を添える、
というのもいいかもしれません。
まあ、こんなことを言いながら、僕自身にはあまり縁がない話なんですが(汗)
そこで、今日は以前から作詞講座に付け加えたかった話題があって、
久しぶりに作詞の話をします。
現在、このメルマガ、読者が300名くらいです。
そのうち、たぶん70名くらいの方が作詞講座をきっかけとして
このメルマガの読者になっていただいています。
実は、この数字、メルマガ読者の割合からすればかなりのヴォリュームです。
2割以上の人が作詞に興味を持ってこのメルマガを読んでいるということですから。
(しかも、ありがたいことに、解除率は異例に低いんです)
まあ、そんなこともあり、読者の方から作った詞を送ってくださるかたも、
ぼちぼちと出てきました。
で、その送ってくださった詞を読みながら気がついたことがあるんです。
これは、自分の体験だけでは気がつかなかったことなんですけど。
それが何か?
それは、
「非常に抽象的な詞が多い」ということです。
抽象的過ぎて、何を言わんとしているかが伝わりにくい、
そんな詞が多いです。
たぶん、本人には何が言いたいのか判っていて書いているとは思うのですが
(当たり前ですが(汗))
読み手にそれが伝わりにくいと感じるのです。
例えば、「あの日のことが忘れられない」
みたいな事をテーマに選んで詞を書き始めるとします。
(いや、なぜかこういうテーマで送ってくださる方が多いんですけど)
そうすると、どうしても「あの日のことが忘れられない」
ということを言いたいだけで終わってしまうものが多いんです。
「あの日のことが忘れられない」だけでは、
本人には、あの日にどんなことがあったか判っていても
聞き手にはその日に何が起きて、どんなことを感じて、
それが自分にとってどんな意味があるのか判らないのです。
もしその思い出を詞にするのなら、
その「あの日」に
「誰と、何がおきて、だからどう感じたのか、」
この部分を詞にしなければ、聴き手に伝わらないんです。
この、「誰と、何が起きて、だからどう感じたのか」
詞にするのなら、この部分こそ詞にしないといけない。
この一番大事な部分を描かずに、
情景描写と、「あの日のことが忘れられない」という言葉だけで終わらせてしまっている、
そんな詞が多いです。
詞を作り、それを後から誰かが読む、
楽曲となって、誰かがその詞を歌い上げる、
これは喜びの反面、とてつもなく恥ずかしく感じることでもあります。
自分の心の中を赤の他人に見せる。
作詞というのは、そんな作業の集大成ですから
凄く、恥ずかしく感じることもよく判ります。
でも、やっぱり自分をさらけ出す気持ちが無いといい詞は作れないんです。
自分の気持ちをさらけ出すからこそ、聴き手に共感が生まれたときに
より強く、聴き手の心に響くものなんです。
そして、さらけ出す詞を描くということは、
その中の、ホンの一部分だけ隠すことにより
より、ミステリアスだったり、また、聴き手へのイメージの拡がりを大きくしたり、
様々な効果が出てくるのです。
要は、一度さらけ出しておかないと、隠すことさえも無意味、ということです。
詞を作るというのは、当然、非常に内向的な作業で、
詞を作る理由というのもけっして他人に見せることを理由としていない人もいると思います。
ただ、「詩」ではなく「詞」なんです。
「詞」を描く、「歌詞」を描く、あなたが「詞」を選ぶ時点で、
それは音楽を目指したものです。
そうなると、当然「聴き手」というものを意識しないわけには行きません。
そのためにも、少しでもいいですから
「さらけ出す」
これを意識してみてください。
さきほど「恥ずかしい」と言いましたが
実は馴れると「快感」になるかもしれませんよ(笑)
PPS
今回の詞のお話は、あきらかに多くの人の詞を読ませていただいた結果、
気がついたことです。
作詞講座を書いているときには気がつかなかったことなんですよね。
やはり、一人の感性なんて、たかがしれているということ。
だからこそ、ヴォーカル講座も多くの人の意見を聞きたいんです。
モニター参加、ぜひお待ちしております。
