2007年11月アーカイブ


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◆例えば野球少年なら?

僕はかねてより、歌や音楽上達のために方法論ばかり探す
そんな今の一般的な現状に疑問を感じ、問題を投げかけてきました。

高い声が出る方法、
3オクターブの音域が出る方法
声を安定させる方法
声量をつける方法
きれいなビブラートをつける方法
フェイク等のテクニックの方法、等

特に歌に関しては「方法」を探している人が多く、
あたかもその方法を知れば自分にもそれが身につく、
と考えているかのように。

また、歌に限らず、作詞や作曲でも同じような傾向が感じられます。

たしかに、これらを実践するための方法って存在します。
でも、それは方法だけを知っても役にはたちません。

それは、野球の理論にいくら詳しくても、
いいプレーヤーになれないのと同じことなんです。

以下は、現在執筆中の「歌」に関するE-Bookからの抜粋です。

例えば、野球で考えてみましょうか?

あなたは野球がうまくなりたいと思っているとします。

うまくなるためにはどうすればいいかネットや本等で情報を探しています。

「どうすれば3割打てるようになるだろう?」
「どうすればホームランバッターになれるだろう?」
「どうすれば160キロのスピードのボールが投げられるようになるだろう?」

そんな情報を探しています。

あるとき、とある掲示板で親切な野球経験者と出会いました。

あなたは早速聞いてみます。

「どうすればもっと打てるようになるでしょうか?」

親切な野球経験者はこう答えます。

「正しいフォームでのスイング、力まずに必要なところに必要なだけの力を使い、
そしてボールをしっかりと捉える目、さらに自分の思ったところへ打つイメージ、
そういったことが大事ですね。」

あなたは言います。

「以前にも別の方から同じようなアドバイスを受けたことがあるんです。
それから私は極力言われたことを意識してやってきました、でも変わらないのです。」

親切な野球経験者は聞きます。

「そうですか、それであなたは毎日どれくらいバットを振っているんですか」

あなた、

「え、素振りですか?週に1回か2週に1回、大体30分くらいですね。」

野球経験者は言います。

「いや、すいません先ほどの私のアドバイスが間違っていました。あなたに必要なのは
毎日素振りをすることです。」


なんてちょっと長くなってしまいましたが、意味は判ってもらえたでしょうか?
いや、決してあなたがそうだと言う訳ではありません(汗)

でも、こう野球の話に例えると成る程って思えませんか?

歌の世界、音楽の世界ではこんな当たり前のことに気がつかないことが常識になっています。


毎日歌うことをせず、うまくなるための「方法」を探している。

そして、所謂情報商材として「3日で歌が上手くなる!」のようなものに飛びついてしまう。

積み重ねた物がなければ、いくら正しい体の使い方を聞いても、それが生かせないんです。

方法だけでは駄目だという事です。

                 」  
と、ここまでが抜粋です。

野球の話しやスポーツ、体を動かすことならこういうことは当たり前の話です。

まず、毎日バットを振っていないのに打てるわけが無いだろう?
それ以上の技術的なことも理解できないだろう?

と、誰でも納得できると思います。

でも、なぜか音楽の世界だと毎日プレイすること、毎日歌うこと、
という大事な部分が飛ばされ、すぐに方法論に気持ちが行ってしまう。

どんなに素晴らしい理論、技術体系も
それまでに積み重ねたものが無ければ意味が無い、そう思うんです。

ただし、もちろん回り道をしないための正しい道筋、
それに近いものは存在すると思っています。

先ほどの例え話、「現在執筆中の「歌」に関するE-Book」からの抜粋、と言いましたが、
今、「歌」に関する回り道しないための書を書いています。

以前から、歌に関するノウハウをちゃんとまとめたのを読んでみたい、
という声をいただいていました。

実はこのE-Book、今までの禁を破り有料で提供いたします。

以前、「このメルマガ内での音楽に関するノウハウは全て無料で提供します。」
と、僕は音声配信の中で言いました。

その話しからすると、完全に嘘つき(汗)となってしまうんですが・・・。

色々考えた末に決断いたしました。

ひとつには、メルマガ内では情報が結構飛んでいるために、
ひとつにまとまった歌に関するノウハウが欲しいという声を多くいただいたため。

もうひとつは、文字による説明だけではやはり「歌」に関する本質を伝えられない
ある意味、個人個人、1人1人にそれぞれ合った説明やイメージの作り方、考え方が必要となるため
かなり、サポートに力を入れたい、

そう考えているからなんです。

今の時代、歌の録音程度ならカラオケボックスでも簡単に出来ます。
そして、その音源を送ってくださった方に、その方に合ったイメージの作り方や
歌い方、また、僕ならどうイメージするか?
1人1人に合わせた指導。

そのあたりまでサポートできるものを提供したいと思っています。

そのための有料での提供ということになりました。

まだ執筆中のため詳細は明かせませんが、
また、出来上がった時点でお話させていただきます。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m   


PS

もちろん、今回の有料化で残念に思う方、裏切られたと思う方も
おられるかもしれません。

ただし、内容的にはサポートも含め、納得できるものを出すつもりです。

また、これからもメルマガ内では変わらずに僕のもっているものを
提供していきます。

ある意味、このメルマガだけで充分だと思う方も多いと思いますので、
そういう方には必要のないE-Bookですから(笑)

出来れば今後とも変わらぬご支援をよろしくお願いいたしますm(_ _)m


◆巧さは見せない!?

先日、またライブバーでセッションしてきました。

その時に、偶然なんですが地元の雑誌の取材を受けまして、
その質問の中でちょっと面白いと思うことがあったんで、
予定を変更してその話しを。

「Jakeさんにとって、セッションとはなんですか?
ライブとセッションの違いってなんなんでしょうか?」

雑誌社の方に、そんな質問をされました。

セッションの意味、

まあ普通に考えれば、

まったく知らない人とでもコミュニケーションをとることが出来る。
決め事が少ない中での瞬間のひらめきを楽しむことが出来る。
いつもとは違うこと、自分のバンドとは違うことが出来る。
難しい事を考えずにひたすら発散することが出来る。
純粋に好きな曲を楽しむことが出来る。
いつもやるメンバーと違った個性を楽しむことが出来る。
瞬間のひらめきが、メンバー間でのアイコンタクトのみで通じる瞬間を心地よく感じることが出来る

などなど、

こういったことがセッションする意味であり、
また、セッションの魅力といえるでしょうね。

まあ、要するに楽しい、と(笑)
一言で言って「楽しいから!」だ、と。
そういえば良いことなんですが、そのとき既に飲んでいた僕は違うことを言ってしまいます(汗)

また天邪鬼な一面が顔を出します(笑)

僕がなんと答えたか?

それは、

「セッションというのは、自分のかっこよさを見せる場所なんだ!」
とか言ってしまいます(苦笑)

巧さを見せるところではなく、かっこよさを魅せるんだ、と。

「俺ってかっこいいだろう!!」と、思いっきり魅せる場所だ、と。
(こう書くと結構嫌味に聞こえますが(汗))

当たり前だと思いますか?

でも、結構セッションやっている人で、巧さを見せようとする人、多いです。

客席に同じパートのプレーヤーなんかいると、ホント巧さを見せようとしたりします。

そうじゃないんです。

見ている人は巧さなんて興味ないですから。
更にいえば、巧さだけでは退屈ですから。

凄い!とか、かっこいい!!とか
巧さだけでは絶対思ってくれませんから。

だからセッションはかっこいいところを魅せる場所なんです。

どうやったらかっこいいか考える場所なんです。

で、その答えのヒントは
ダイナミクス、そしてやはりビート、更には一発芸的なもの(笑)ということになるわけです。

余談ですが、映画「クロスロード」の中で、ギターリスト同士の対決シーンが出てきます。
また、映画「タップ」の中でも「チャレンジ!」とかいって
タップダンサー同士の対決シーンが出てきます。

こういうことは、実際に黒人社会の中で結構頻繁にあるようです。

週末のジュークジョイント(ライブバーのようなものですね)では
セッションをする中でどっちが凄いのか、ということを競う対決のようなことが
されていました。

で、そこで大事なのも、巧みさではなくかっこよさだと思うんですよ。
どっちが上手いかを競うものではなく、
どっちがかっこいいか、どっちがより観客の心を掴めるか、それを競っている、
そう思うのです。

(ちなみに映画「クロスロード」は酷すぎですがね。僕の周りの人はあの映画を評価する人多いですが
僕はまったくそう思いません。ブルースを知らない人間が作ったとしか思えない。見る必要ないです。
でもタップはぜひ見てください、すばらしい映画です。(笑)))

セッションで普段やるメンバーでないのにも関わらず、
ダイナミクスのイメージがそろった時は本当に気持ちいいです。
またそうなった時には、急なブレイクのタイミングさえあったりします。
で、そこまでメンバーが一体となったセッションは、見ている側にも良さが伝わります。

また先ほど一発芸的なもの(笑)、
と言いましたが半分は冗談ですが半分は結構本気で、
例えば、ギターリストであれば一発のチョーキングでどこまでも伸ばしてみる、とか
トリルをどこまでも続けてみる(Charがナチュラルバイブレーションでやっているようなやつ)とか
チョーキングからフィードバックさせてずっと鳴らしてみるとか、

こういうシンプルだけれども強いフレーズ。
そのほうが早弾きなんかよりはるかにインパクトがあるわけです。

ヴォーカリストなら、すごく長いシャウトとか。
(トムジョーンズが恋はメキメキのイントロでやったようなやつです、
まああそこまで出来ませんが(汗))

そうやって、お客さんに魅せる、
ということを学ぶ上でもセッションは効果がありますよね。

まあ、単純にお客さんに受けると気持ち言いということだけかもしれませんが(笑)

あなたがもし、今までセッションの時に上手に見られたいと思っているのなら、
また、自分はあまり巧くないからセッションになんか参加できない、
そう思っているのなら、ちょっと考えてみてください。

「セッションは巧さではなく、かっこよさで勝負する。」

こう考えたときに、セッションに対する意味合いが変わってくるはずです。

まあ、セッションでもライブでもこの辺は変わりませんが、
セッションのほうが、より瞬間的なものが要求されるため、予測していないものが生まれる
そんな魅力がありますよね。

ぜひ、あなたもセッション、楽しんでみてください。


PS

セッションって自己満足で終わる可能性が高いことも事実です。

自分だけが気持ちよくなってしまう。

それはそれでいいのかもしれませんが、
僕はどうしても見ている側の気持ちを考えてしまいます。

退屈はさせたくないし、いい意味で驚かせたい。
興味のない人がいたら振り向かせたい。

そう思ってしまうんですよね。

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